2019年10月7日月曜日

石が命拾いした話と山車がくるくる回った話。

なんだかやけに寒い。
今日は、出かけようと思ったけれどずっと家に居た。
FAXDMのいろいろに朝6時くらいから取り組んでいて
出かけるタイミングを失ってしまった。
朝、一旦落ち着いたら出かけようと思っていたけれど・・・。

なんか変な感じ。
今からでも出かけた方が良さそうな感じ。

でも、これを書いてみる。


実家に行った。
今回は、あまり迷うことはなかった。
なんとなく、週末過ごすのは実家のような気がしていた。
ラグビーワールドカップの影響で、道中混んでいるかと思いきや
案外大丈夫だった。

母は、もう、実家に戻って来いとは言わなくなっていた。
実家を手放すつもりらしい。
これまでは、必要最低限の部分だけ残して売るつもりだったのだ。
しかし、全部売った方がいいと不動産屋さんに言われたのだとか。

ま、とにかく、母には何を言っても無駄なので、そうかそうかと話を聞いておいた。
次回はまた話が変わっているかもしれない。


庭石について、感動的なエピソードがあったので記しておく。

実家には、庭石がある。
たくさん、ある。
実家を手放すには、この石も処分しなくてはならない。
母に言わせると、今時、庭石は流行らないらしい。

石の処遇について、石屋さんに相談したそうだ。
石を見るまでは、粉砕するつもりだったらしい石屋さんは
石に会いに来て、考えを変えた。

引き取り手を探してもらえることになった。

石屋として、この石は粉々にしてしまうのは惜しいと思ったのではないか
私は密かに、そう思った。
石が大好きな石屋さんにちょっぴり好感を持てた。

種類は違えど、私も石が好きだ。

それに、実家の石たちは昔遊び相手になってくれたから
蒐集の方針から外れているとはいえ私にとっては特別な石だ。
それがどこかで今後も残っているのは嬉しい。

実家についても、正直なところ、なくなってしまうのは複雑な気分だ。
父が、家族が暮らしていけるようにと建ててくれたに違いないのだ。
もっとも、実際につくったのは職人さんだけれど。
母は父のことを悪く言うけれど、私もこれまでいろいろなことがあったけれど
父のことはそんなに悪く思わないでおこうと最近の私は思う。


それはさておき
私はすっかり忘れていたが、故郷は秋祭りだった。

帰路、山車に出くわした。
懐かしいお囃子と共に、辻へ登場した。
ポスターによれば、本番は午後からのようだった。
リハーサルをしているらしい。
なんだかラッキー。

いくつもの山車が、辻々に。
そして、くるくると回った。
ここの山車は、車切というのをする。
右の後輪を軸に、1回や2回ではなく、何十回も回るのだ。
山車が小型だからできるのかもしれない。

あとはからくり人形が特徴だ。
恵比寿様と大黒様の乗った山車が印象的だった。
私の人生も、実家のことも、大丈夫だよと言われている気がした。

お囃子は、控えめだ。
今、私が暮らしている地域にも、同じようなお祭りがある。
牛頭天王のお祭りだ。
偶然なのか何なのか、同じようなお祭りの地域に居るのは大変興味深い。
このお囃子は、とても賑やかだが、故郷のはそれに比べるとずいぶんおとなしい。

だが、賑やかなのもある。
石採祭という。
秋祭りに、控えめなお囃子の山車とセットで登場する。
からくりは無いが、大きな旗が。
そして、その絵柄が、素戔嗚尊だったりもする。
ここにも、共通点が。

これは、今の私が居る地域と同じくらい賑やかだ。
だから、今の地域のお囃子を聞くと、私は石採祭を思い出す。


この日は、石採祭の山車には、行き会わなかった。

私の地区には、山車が無い。
だから地元の秋祭りとはいえ、小さい頃は外からそっと見ている感じだった。
もっとうんと遠くで暮らしている今、地元の秋祭りが急に自分の祭りのように思えた。
自分には故郷があったのだ、と思えた。

車切でくるくる回る山車を見ながら、なんだか泣けてきた。