2019年9月3日火曜日

実家に逗留を試みた結果

涼しくなってきた。
久しぶりに、実家に行った。
1週間くらいトライアルで滞在する予定だった。
でも、1泊で実験は中止となった。

とはいえ、少しでも実家に行けて良かったのかもしれない。

人には、得意なことと苦手なことがある。
ワクワクすることにできる限り取り組み、結果は気にしない。
これが大事だ。

私はできる限りのことはした。

しかも、これまで言えなかった不満を母に伝えることができた。
母が届かない高いところにずっとしまってあった品物を取り出して
とっておくものと捨てるものに分別することもできた。
最近の動向に関する情報も得られた。

これだけでも、充分と言えるかもしれない。

今回母に告げた最大の不満は、自分の部屋にカギがかからないことだ。
自分の部屋があるだけ有難いとか、そういう意見もあるかもしれない。
けれども、嫌なものは嫌なのだ。
私は、自分自身がどう思うかを大切にしたい。

この問題に関しては、もう何十年も何も言わずに過ごしてきた。
今更な感じもあった。
けれども、思い切って言ってみた。

私はずっと、自分の部屋にカギがかからないのが嫌だった。
たとえ家族であろうとも、ずかずかと入り込んで来られるのが嫌だった。
常に、安心して眠れなかった。

カーテンが遮光ではないのも嫌だった。

基本的に、実家ではプライバシーが確保されていないのだ。
郵便物は、私宛のものでも先に開封されたりしていた。
電話の盗聴もあった。携帯電話の普及する前の話だ。

それから、他にもついでに実家の嫌なところを挙げてみる。

音が嫌だ。
私は、音に敏感過ぎるのかもしれないが、とにかく疲れる。
実家では、いろんな音がする。

まず、母の声が苦手だ。
食卓に着いて、延々と話を聞かされるのが特に堪える。
今回は、中座してみた。

母の歩き回る音や台所の水の音、食器の音も苦手だ。
こういうのは、逆に安心できるという人もいるのかもしれないが
私は、耳に、そして頭に響く。
心臓にも悪い。

それから、近所に奇声を発する人が居て、これまた賑やかだ。
夜間には暴走族のエンジン音なども響いてくる。
母が扉を開け閉めする音などもなかなかのものだ。

BOSEからノイズキャンセリングヘッドホンの新型が登場するというので
9月になったら買ってみようかしらと思ってしまった。
あれは、本当に効くのだろうか?

母は、たぶん、私が話なんか聞いていなくても
黙って頷いてさえいれば満足なのだ。
ということは、ノイズキャンセリングで母の声を消せばずいぶん楽になるのではないか?

今回、筆談をしてほしいと言ってみた。
別れ際だけ、筆談になった。

とにかく、母の声は苦手だ。
誰にだって、苦手な声はあるだろう。
それが私の場合、たまたま母の声だったに過ぎない。

年老いた母と一緒に暮らさないのは人としてどうなのかとか
そういう意見もあるかもしれないけれど
私としても母とはうまくやっていきたいとは思っている。
けれども、声が苦手なことだけは確かなのだ。
私は自分がどう感じるかを大切にしたい。

それから、母は私のことはお構いなく延々と喋り続けるため
私のことはどうでもいいのかもしれないと思えてくる。
とにかく、疲れた。

そのうち最適解が見つかるといい。