眠ろうとしたら、風が唸っていた。
満月の準備でもしているのだろうか?
獅子の咆哮のようだった。
珍しく、隣人は静かだった。
あるいは、風が静かでも、私は眠れなかったかもしれない。
てりおすとのお別れが、また急に悲しく思えた。
泣けてきた。
風が私が泣いているのを隠してくれた。
もうすぐ、連絡が来て、永遠にお別れなのだ。
もう、乗れない。
もし今後大金持ちになったとしても、あの個体には乗れないのだ。
やっぱり、最後にどこか一緒に出掛けよう。
そう思った。
でも、行きたい場所を思いつけなかった。
てりおすはもう高齢車だから、行ける場所が限られている。
立駐は、ダメ。坂道も、ダメ。遠いところもダメ。
近所の平坦なエリアなら大丈夫そう。
てりおすと出かけた、いろいろなところを思い出した。
ありがとう、てりおす。
何年も、私を助けてくれたのだ。
これからも一緒に暮らせると思っていた。
普通に何の疑いも無くそう思っていた。
でも、もう、お別れ・・・。
楽しいはずの運転。
それがずっとストレスになっていたことに気付いてしまったから。
私は、究極の白と黒を引き受けていたのだ。
運転は確かに楽しかった。
いろんなところに行けた。
時間を気にしないで行けた。
重いもの、大きなものも楽々だった。
雨の日も、風の日も平気だった。
でも・・・
これからも、ずっと一緒だよ・・・
駐車場から、そんな声が聞こえた気がした。
てりおすと机上旅行をしようかな?
ふと、そう思った。
もう、目に見えなくなっても、触れられなくなっても、
クラッチを繋げなくなっても、いつだって一緒に
どこにだって行ける・・・事故にも遭わない。
てりおすは、移動の神様の化身なのかもしれない。
私はこれからも自由だ。
ますます、自由になる。
屋久島の旅の話は本物だけれど
その後、ふたりで旅を続ける物語を書こうかしら?
荒唐無稽の、珍道中。
いつか、ガレージ付きの家で暮らす約束をしたのに
それを果たせなかったのが心残りだ。
広大な私有地で、交通事故とか関係なく
思いっきりふたりで走り回りたい・・・
私は、そのうち眠ってしまった。